それは一瞬、瞬間そんな出来事で。
俺は目を疑いたかった。
 
ありふれた下校時間、玄関から出てくる人たちの楽しそうな声と靴の音、時々チャイム。
その中でひときわ可愛くてキラキラした川野さんの白くて細い綺麗な脚が短めのスカートの中でスキップする。長い髪の毛は空を流れて、まつげは小鳥のように瞬きをした。
そして、その川野さんは隣のクラスの安田だか山田だか知らないがすごくモテた覚えのある男の方へ駆け寄り、ぎゅっとうれしそうに手をにぎり最高の笑顔で彼に話しかけるのだ。ふたりのローファーは並んで楽しそうに校門を出た。
 
そうか、彼氏が出来たのか、と思うと苛立つところもあり、もし自分だったらなんて妄想するところもあるのだがとりあえず事実として俺は失恋したのだ。
俺も二人の通った校門を抜けた。
 
家までひとり少しブルーな気分で帰るのか、と思うと気が重い。
こんな時、友達でもいて「まぁ、またいいことでもあるさ」なんて慰めてくれたらいいものを、あいにく友人の逢坂は「今日はユカちゃんと下校デートでぇーす!」と昼休憩にさんざんしてきたのでその可能性はゼロだった。
 
悪い方にばかり考えてしまう。
気分転換に歌でも歌おうかと思ったけど恥ずかしいからやめてそこにあった石を蹴りながら歩くことにした。
 
石を蹴る。ころがる。追いつく。そしてまた蹴る。
 
その単純なリズムが心地よくて、石の事だけを考えて歩いた。
ころころ、とん、ころころ
 
石が転がってトンッとだれかのボロボロスニーカーに当たって、スニーカーについていた土が少し落ちる。
「あ、すみません」
と言いながら顔を地面から離してその人の背中を見つめた。
「ん?」
その人はこっちを振り向く。茶髪で怖い人かと思ったがそういう感じでもない。大学生のような風貌だった。
「すみません」
俺は軽く頭を下げ、苦笑いをしてみせた。その人はすぐに、少し笑いながら
「ゆるさない」
と言った。
「・・・え?」
予想外の返答に戸惑う。
彼は柔らかい目をしてゆるさないよ、ともう一度言った。
 
石をスニーカーに当てただけだよな、と重い石ころを見つめた。
「えっと・・・なんででしょう?」
少し困って聞いてみる。
「俺のスニーカー新品だったから傷がついたから?」
取ってつけたような理由にしても厳しい。彼のコンバースはどう考えてもボロボロだ。4,5年履いていそうなほどに。
 
「きみは、悪いことをしちゃったんだよ。」
「はい?」
「悪いことをしたらバツを受けないといけないんだよ」
ボロボロスニーカーのその人は単調に話した。めんどくさいし、この人はなんなんだろうと激しく思う。
「バツってなんですか?」
恐る恐る聞いてみる。ヤのつくお仕事ではなさそうだからこてんぱんにされたりはしないだろうけど、お金は嫌だなぁと切実に思った。
「俺さ、方向音痴なんだよね。で、駅に行きたいんだけど案内してくれる?あと、さっき帰りの分のお金でマック行っちゃったから電車賃だして」
てへっと愛嬌ある顔でいわれた。
「はぁ・・・分かりましたよ・・・」
ため息をついてできるだけ早足で歩き出す。
 
つま先を駅の方向に向けて足をスタスタと進めると、彼はとなりにぴったりと付いてきた。
この人はなんなんだろう、と思う暇がないほど彼はひっきりなしに話しかけ続ける。そして俺はそれを適当にあしらった。
 
「ねぇ、名前何?」
「高槻です」
「へぇー!うちのおばあちゃんのご近所さんにも高槻さんいるよ〜」
最高にどうでもいい情報をありがとうございます。
「俺の名前はね、南條和春っていうんだ」
「あ、はい」
南條さんは笑顔でずっと同じテンションで話し続ける。
「駅、もうすぐです」
あと少し、あと少しだと思うと気が楽になった。
南條さんは駅が近くなるのも嬉しそうにした。
 
俺は駅に着くなり券売機に向かった。
すごく遠くの駅だったら1000円超えるかもしれないのが少し不安になりながら
「どこまでですか?」
と聞着ながら振り返ると彼は既に財布を取り出し1000円札を投入しようとしていた。
「お金、あるじゃん・・・」
ボソっとつぶやくと「ごめんごめん」とヘラヘラしながら言われた。
南條さんは結構遠い駅の切符を買った。
それから
「ありがとう」
とこれまたへらへらしながら俺に言って改札に消える。
 
あの人はなんだったんだろうと思いながら家に帰る。
 
そういえば俺、失恋したなぁ、と少し思い出した。
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