今日は水曜日。
昨日から楽しみにしていた日だった。
 
いつもの何気ない田舎道の端っこで南條さんを待っていた。
何をするでもなく、ぼーっと空とか鳥とか眺めて、ぼーっとどうでもいいことを考えて5分、南條さんが視界の端でちらりとした。
 
「ごめんね、いっつも待たせちゃって」
「全然平気ですよ、」
全然のあとには本当は否定の言葉が続かないといけないのだが、南條さんの話し方がうつって今では俺もこんな風に話すようになっていた。
 
今日もくだらない話をして田舎の道を二人でゆっくり歩く。
別にこれといって何があるわけじゃないけど、ただ楽しかった。
例えるなら遊園地のような楽しさではなく、500円持ってスーパーのお菓子を選ぶときの楽しさに似ている。別にそこまでお菓子が好きなわけじゃないんだけど。
 
「高槻くんさ、好きな子とかいないの?」
「あー、いないですね〜。」
少し前までいたのは秘密にしておいた。珍しい話題だったので少々驚いた。
「それぐらいの歳のうちに好きな子とかいなくてどうするの。」
ははは〜と笑われた。俺もははは〜と同じように笑い返す。
 

「しかし君、恋は罪悪ですよ。」
南條さんは一息おいてからまっすぐ前を見つめたままこう言った。
「なんですか、それ」
「・・・夏目漱石かなんかの有名なセリフだよ。」
へぇー、相槌を打つ。
「恋はね、罪で悪らしいよ。」
「ふかいですね〜」
適当にそう答えると南條さんは真剣に話を続ける。
「でもね、高槻くんは好きな女の子位作ったほうがいいと思うよ、きっとすごく楽しいと思う。
 高槻くんならきっと素敵な子を見つけられるよ。
 クラスに可愛い子とかいないの?」
「南條さんこそ、いないんですか?」
そう聞き返すと南條さんは一旦暗い顔をしてから、
「・・・いるかもね」
と悲しそうに笑った。 
 
その顔はひどく辛そうで、痛そうで。
自分の質問が恋よりも何よりも罪悪に思えた。
この人にこんな顔をさせちゃいけないんだ、そう思い別の話を切り出そうとしたとき目の前に駅が見えた。
 
「それじゃあね、バイバイ。」
最近往復切符を買うようになった南條さんはささっと改札を抜けて遠くに消える。
さようなら、と手を振る暇もないくらいに。
 
俺は帰り道を歩いた。
 
南條さんの悲しそうな顔なんて初めて見た。
あの人は雨の日も、寒い日も、風の強い日も、テストが近いんだよなんて話していた日も、どんな日もへらへらアホみたいに笑っていたのだ。
そんな人を自分の一言であんな表情にさせてしまった。今でもあの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
まるで心臓を一千本の矢で一気に打ち抜かれたような痛みを、無理やり笑ってごまかしているようなすごく不自然な表情。
そんな表情にさせてしまう、彼の恋の相手が少しうらやましくなってしまう。
 
ごめんなさい、南條さん。
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