今日は随分と暖かくて、制服のブレザーが鬱陶しいと思える。
帰り道、逢坂は今日も「ユカちゃんとプリとってきまぁーす!」と言って彼女とデートをしてしまった。だから今日も一人だ。
 
今日は以前の失恋のようなことはないからイヤホンから漏れる音にまったりとして、流行りのバンドの曲のリズムにあわせて、今日は特別重い荷物をぶらさげて田舎の帰り道を歩く。
女性ボーカルのよくわからない歌詞が耳を通り抜けた。
 
「あの、」
肩を叩きながら声をかけられて、イヤホンを外しながら
「はい?」
と振り返るとボロボロスニーカーの人だった。名前、なんだっけ・・・
「高槻くんだよね?」
すごく嬉しそうな表情でそう言うなり、彼は大きめのカバンの中から小さい袋を出した。
「はい、これどうぞ」
その袋を俺に渡す。
「なんですか、これ」
「開けてみるといいよ」
俺は袋のテープを破って開ける。茶色い小さなお菓子たちが綺麗に並んでいた。
「クッキーですか?」
「そ、うちのばあちゃんが作ったの」
へっへーんと胸を張って言われた。

それにしてもこの人は何なんだろう。遠くの駅からこの田舎に何の用があってきてるんだろうか、と少し気になったが聞く気にはなれない。
ありがたくクッキーだけ受け取り立ち去ろうとしたその時
「悪いんだけど、今日も案内してくれない?」
と、にへっと笑ってお願いされた。
 
俺は少し考えた。断りづらいのことと、今日の荷物が特別重いこと。それとこの人は駅の場所を覚えるべきだと。
しかしこの人の愛嬌ある笑顔が少し眩しい。犬みたいだ。 
 
「急いでますか?」
「いや、別に急いではないよ」
「あの、今日荷物重いんで、家一回寄ってからとかでいいですか?」
「全然大丈夫だよ〜」
 
全然大丈夫という間違った日本語が少し気になったが、家で一回荷物を置いて、それから彼と駅に向かった。
その間、その人はずっと話し続けた。
おばあちゃんの腰が悪いこと、天気がいい日は好きだけど雨の日も好きなこと、寝ても寝ても眠いこと。
どうでもいいようなしょうもない話だったが少し楽しかった気がする。
 
駅に着くと、彼は券売機へ、俺はその後ろに立っていた。
「あのさぁ、」
その人は券売機にお金を入れながら背後の俺に話しかける。
「毎週水曜日にね、この街に来てるんだよ。でもね、俺方今音痴じゃん?だからさ、厚かましいけど毎週案内お願いでいないかなって。」
ちゃりん。小銭が券売機に投入されていく音。
「いいですよ、どうせ暇だし。」
逢坂も最近はユカちゃんとばっかり帰るし、することもないし、この人が少し面白いような気がしたから。単純な好奇心だった。
「やったー、絶対ダメって言われると思ってた」
普段のトーンでへへっと笑いながら買いたての切符をこちらに見せた。

そして彼は田舎駅の誰もいないホームへと改札を抜ける。
「じゃあね、また来週、今日の場所で。」
「はい、また来週。」
南條さんはリュックを背負い直して、こちらに背中を向けた。
俺も彼に背中を向け、家に帰る。
 
そういえば、名前覚えてたんだな、
・・・南條さん。
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